赤い機神の登場に青い機神のコクピット内では空気が急激に冷却されていた。ホツマの前で中年男は舌打ちをしながらコンソールを叩く、その意識は4体の黒い機神の存在を完全に無視していた。
「アレは一体・・・なんなんや?」
 ホツマの言葉を無視して中年男の操作は四体の黒い機神を長い剣で一気になぎ払う。
「今取り囲んでる奴よりよっぽどたちが悪い奴や、悪の親玉と呼んで差し支えあらへんはずや。」
 その時、モニターの脇に一つのアイコンが生じ、赤の機神の操縦席内らしい映像が飛び込んだ。
「ひどい言われようだな。僕らがやってるのはただの軌道修正なだけなんだがな。」
「…一介の研究者がそんな大層な物持ちだして何を言うんや?正当なプロセスを経てへん軍事行動はただの侵略行為やぞ。」
「それを明確にするのは後世の歴史家と評論家とマスメディアですよ。」
 中年男の毒舌にも無視して、赤い機神の操縦者である男はあっさりと切り返す。だが、ホツマの目には別の物が映っていた。
 男の前に座る二人の女性、ホツマはその二人を知っていた。
「なんであんた達がそんなのに乗ってるんや。」
「えっ?ホツマ?なんでそっちに乗ってるの。」
 男達の真剣な会話を混ぜ返すように談笑するシオン、ホツマ、ことはの三人。その様子に二人は毒牙を抜かれたような表情を浮かべるが、それも一瞬の事であった。
「話し合いは成立しないようですね。ならば実力で行かせてもらいます。」
「そうはさせへん。こないな物は表に出てはあかんのや!」
 モニターのウインドウが切れると同時に、赤い機神が青い機神の眼前に迫って来た。

「ほう、あの後部に乗ってるのは君たちの知り合いか。かといってここで引くわけにはいかない。それだけは覚悟して欲しいんだが。」
 青い機神のコクピット内、博司の言葉にことはとシオンは動じた様子はない。寧ろ諦めよりも楽しみの方が強いのか、二人は不気味な笑みを浮かべていた。
「別に向こうはそれで引き下がったりはしないと思いますよ。ホツマはゲーマーですからこの状況を逆に楽しみますよ。それならこの戦いは仕方ないでしょう。」
「それにリアルロボット大戦って出来る事なら参加したくないけど、良い経験になるかもしんないし。」
 博司は天を仰いだ。変わり者の二人組として学内で有名な人間を拾った彼も運の尽きかもしれない。ただ、それでもこの赤い機神には二人の学生の協力が必要であった。それならばこの二人なら安易に受け入れるのではないか、その予感が的中しただけでも博司にはある意味幸運であっただろう。
 博司がコンソールを叩き、赤い機神は虚空より巨大な二振りの剣を取り出す。青い機神が巨大な剣を構えるその瞬間に赤い機神は青い機神に急激に迫る。

 肉迫する二体の機神、振りかざされる3つの剣。剣と剣がぶつかり合う衝撃は火花を散らすだけでなく周囲を揺るがすかの如く。
 強大な力が二体の機神から生じているのだ。それを見つめる四体の黒い機神、その操縦者達は余りの力の気配に接近する事さえ出来ない。
 そして何度目かの剣戟の時、余りにも強すぎる衝撃波は世界に反響し、機神達が立つ河川敷と外部とを分離させていた障壁にひびが入り…。

 やがて障壁が崩壊した。

「で、結局勝負が付かないまま逃げ帰ったと。」
「戦略的撤退とか撤収とか言ってくれ。僕たちはまだ負けてない。」
「勝ってもいませんけどね。」
「君たち…本当に容赦無いね。」
 二人の女子大生、ことはとシオンに容赦なく叩かれ沽券を関わる打撃を受けている博司。博司が何を企んでいるのか、本当の事をことはとシオンは知らないが、それでも二人は受け入れるつもりではいた。楽しいから、退屈だったから。若者にある特有のモラトリアムをとんでもない方向で打破しようとする二人に危機感を感じつつ、博司はそれでも二人を受け入れざるをえなかった。
シオンとことはに機神の搭乗者である事が必要であるのと同じように、博司にとっても二人が機神の搭乗者として共に戦う事が必要なのであった。
 あの赤い機神は三人いないと性能が完全に発揮出来ない。しかし、青い機神も必要な定員は満たしてしまっている。残りは搭乗者の能力にかかっている…。博司の指導が別の意味でも激しくなるのは想像に難くなかった。

「まさか、障壁が崩壊するとはな。」
「でも、あのロボット達が引いてくれたおかげで良かったじゃないですか。こっちも退かざるをえませんでしたが。」
「当然だ、お互いに今は目立つわけにはいかんからな。こんな物が大阪の街を飛び回ってるなんてわかってみろ、関西には自衛隊とかの駐屯地があるし、すぐ飛んでこれるところに米軍基地だってある。空で異種格闘技戦が起こるわ。」
 中年男の言葉にホツマの笑みが引きつる。それは当然穏健にすまさざるをえない事情が暗に隠されているに他ならない。一国家の一地方にこんな現在の科学技術を超越した兵器が存在している事が発覚すれば、諜報機関や特殊部隊をはじめとしたヤバイ方々の侵入する口実を与え、内戦ではなくおおっぴらな戦争問題に発展しかねない。幾ら個人の所有物として宣言しようが、無理があるのは明確だ。
「その前になんでこんな物が存在するんです?これ、今の人間の科学力では無理やし、そもそも、物理的に無茶ですよ。このロボットの存在自体が。」
「当然や。こいつは“まともな手法”を用いて作られた物ではないからな。」
 男の言葉にホツマが凍り付く。

「この河内には何処をどうしたかわからんがまっとうな人間の道を完全に踏み外したけったいな連中がおるんや。それが、僕であり。さっきの赤い奴に乗っていた男や。」
 男が何をさしてけったいな連中と呼んだのかホツマにはまだ想像がつかなかった。だが、そこにはとんでもない物が孕んでいた。

郷土愛的機神活劇ヒラリヨンプレリュード
第一章 喜劇の始まり

全てはここから始まった。

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